伊賀人

伊賀人と書いて いがにん と読む事としますが
決して伊賀忍ではありません。

いがんちゅ と読んだ方がかわゆいかもしれません。

どうもこんばんは。motomanです。

何ヶ月…
何年ぶりかの、このブログでの真面目な話になりますが

生まれ育った大阪の地を離れ
三重県は伊賀へと移住する事にしました。

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理由は色々とあります。
先ず、きっかけとなったのは
大阪で借りていた場所を出なくてはならなくなった事。

いずれは出なくてはならない。とは思っていたので
具体的に考える、大事なターニング ・ ポイントになりました。

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非常に有難いお話を頂き、一時は岐阜への移住も検討してみましたが
取り敢えず…グーグルマップで場所を確認してみると
白川郷が近くに見えました。

話を聞くに
毎日の雪かきは必須
シーズン中に数回の雪おろしもしなければならないほど、雪深い場所で
岐阜の作家仲間に話を聞くと
あそこはもはや岐阜というより北陸。といった感覚だそうで
ちょっと想像してみたんですが
私がそんな過酷なところで生きている姿が…どうしても想像出来ず
有難いお話ではありましたが、お断りさせて頂きました。

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その後
岡山 ・ 兵庫 ・ 奈良 ・ 京都 ・ 和歌山 ・ 福井 など
色々な情報を集めてみましたが
どれもピンとくるものがなかった。と言いますか
縁のようなものを感じられず、閉口していたところ…

学生の頃に同級生だった、しぃと大阪のグループ展で卒業ぶりに再会した際
実は今 作業場探してて。という話をすると
じゃあ伊賀くれば ? とサラッと言われちゃいまして。

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正確には憶えていませんが、ちょうどその頃から三軒窯の窯焚きにお邪魔するようになったり
個展をさせて頂いた事のある wad で、これまた何かのタイミングなのか
伊賀の若手作家さん達の展示を目にする事が多く
ああ。
他府県出身で伊賀に移住して頑張ってる同年代の人達が居るんやなあ。
とか何とかぼんやりと感じていて
その時は未だお会いした事もなかったものの
変に ( 一方的に ) 親近感みたいなものを感じてました。


そんなこんながあり
主に窯焚きで、なんだかんだと伊賀へ足を運ぶ機会が増え
身近に感じ初めていた頃
事情を知った、しぃの親戚のおっちゃんが…ものすごく親身になって物件を探し始めて下さり
ええとこあったよ。と声を掛けて下さる度、伊賀へと物件を見に行く事…半年。

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独り暮らしをしていたおばあちゃんが引っ越す事になり
もう住む事は無いけれど、家が荒れてしまうくらいなら
家の世話をしてくれる人が住んでくれた方が良い。と仰る方と出逢い
片付けも何も出来ていないけれど、このままで良いなら。と… 話がまとまり
移転先が決まった次第です。


それから数ヶ月
大阪は天見の作業場を片付け
時間を見つけては伊賀の家へ行き、片付け。
窯焚きやグループ展の為の制作をチマチマとやりながら
とにかく片付け
片付け
片付けの日々でした。


そんなこんなで… ようやっと目処が立ち
天見の作業場は… ほぼ空になり
土練機や電気窯など、大きな機材の類も移し終え
もうちょっとで大阪の作業場を引き払えそうです。

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8月頭 に参加するグループ展に向けての制作
薪窯焼成に向けての制作
今日から始まった、大阪での普限窯展
明後日から始まる陶器まつりの準備
あとは兎にも角にも
片付け
片付け
片付け
片付け
などなど… 色々ありますが
8月 の頭を過ぎれば時間が出来るので
それまで気張ろうと思います。


それと並行して
伊賀人として馴染めるよう。
取り敢えず
伊賀の子供と触れ合ってみました。
いつも通り
怖がられました。
自分で出来るから手出さんといて。と言われました。
でもくじけません。


いがんちゅ になるべく
取り敢えず。
伊賀忍になり
" 伊賀人っぽくなれる術 " を身に付け
伊賀という地に馴染んでいければ良いな。と思ってます。


ひとつひとつの縁が重なり
今の私が居る。と感じています。
お世話になった方々、本当にありがとうございます。
これからもお世話になります ( !? )

伊賀の皆様
お手柔らかにおなしゃす

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by t_durden | 2015-07-22 22:28 | 雑記 : Diary