模糊として曖昧
鳥さんの部屋で、村上 春樹の " 1Q84 " が目に入り
借りて帰る事にしました。
私が村上 春樹を読むようになったのは…随分と昔の話で
初めて手にしたのは " ねじまき鳥クロニクル " でした。
有名な作家だとは露知らず… CD で言うところのジャケ買い。ってやつです。
内容は…すっかり忘れてしまいました。
どんな話だったのか…主人公の名前すら…覚えていません。
同じように
今でも自室の本棚に並んでいる " ノルウェイの森 " も
ほとんど覚えていません。
もう 1度 読んでみようと思います。
人生は限りあるものだけれど、同じ本を読もうと…手にしてしまうのは
もったいないお化けが出る ?
懐古主義 ?
まァ…良いじゃないですか。
ねえ ?
どうもこんばんは。motomanです。
人と比べて、どうか。は…わかりませんが。
私の中には沢山ある気がします。
物事を深く考える性質でもないし
特に何かに執着するわけでもなし。
貫き通す確固たる姿勢もなければ
頑強な地盤の上に立つでもなし。
容易く物事を受け入れない猜疑心はあれど
揺らぐ事のない信条があるわけでなし。
それでも、ハッキリと見据えておかなければならない事があります。
いわゆる… " ヴィジョン " というやつです。
私の尊敬する人が高校を出て、自分の夢を実現させる為
着実に必要な技術を身に付け、自分の身を置く場を見定め
そして…描いていた夢を叶えました。
彼女がよく言っていた事。
自分の思い描く夢を叶える為に大事な事は、人にその夢を話す事。
そうすれば…繋がる。
私が今の共同作業場で陶芸を続けていられるのも、それを実践したからです。
人に話し、繋がり…機会を得ました。
しかし、私が思うに…大事な事は他にもあり
常に描き続けなければならない。という事。
毎日、どこかモヤモヤしているものが拭えないのは
きっと…描けていないから。
それが依然、曖昧模糊だから…どうもふわふわとしていて居心地が悪いように感じます。
このまま…その、悪魔的な浮遊感に身を委ねて…時が経つのをただ待っていれば
肉体は朽ちゆくのでしょう。
そして、生きていたという価値も…その存在すらも
キレイさっぱり霧散してしまうのでしょう。
さて、では。
忘れていた大事な事。
夢を描かなくてはならないわけですが、それが曖昧だから救いがありません。
思えば…作業場を借り、陶芸を続けられる設備を整えてから
具体的な " 次のヴィジョン " が無いまま、浮き足立っているような気がします。
問題を解決するには…
How もしくは Why を解明するのが効率的です。
何故、描けないのか。を考えてみると
自分というものが…どういったものなのかがわからないから。
芯に何があり、何をアウト ・ プットすべきなのかが精確に把握できていないのです。
では
どうやって描こうか。と考えてみると
手近な何かに安直に頼りたくもないし
深く沈んでみても…何も見えはしません。
そして
自分というものがわかっていない証拠だ。と、同じ問題に帰結します。
メソッドの問題でない。と仮定するならば
既に見えているのかもしれない。という…希望的観測が浮かび上がります。
( この発想自体が安直で…いやはや救いがありません )
そう仮定するにあたり…新たな命題が生まれます。
では、それは一体何であるか
知らんがな ! と一言叫び、いそいそと愛する布団へ飛び込みたくなるわけですが
命題から逃げる事も出来ない性質なもので、困ったモンであります。
漠然と考えている事へ、どう近づいていくのか
それを詳細に描けない限り…この命題の解答は得られません。
別のアプローチとして
曖昧な自分を形にして表現すれば、一切の摩擦が無く…素直で良い。と考えられなくもないですが
それが出来たら…天才の領域に入れるんじゃあないか。と、思います。
村上 春樹の小説の内容を
私がほとんど覚えていないのは
彼の作風が、そういった類のものであるから。だと思っています。
読んでいる時は
その空間を舞う、光を受けてようやく認識できる…埃ですら詳細に想像できるのに
読み終え、本を閉じた時の言葉に出来ない虚無感。
言わば… " 捉えどころのない本質 " みたいな部分が
彼の持ち味なのだろう。と思います。
で、まあ
だから私の抱える命題がどうなるわけでもないので
1Q84 を読みながら、愛する布団に包まれようと思いマス
(╯⊙ ⊱ ⊙╰ ) プヒー
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by t_durden | 2011-06-17 22:03 | 制作意図 : Concept